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ノーキルポリシーとは?どういう風に考え出されて広まったの?

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前回は、「犬の殺処分はどうしたら減らせられるか?」等について書きました。

今回は、ノーキルポリシーについて書こうと思います。

 

ノーキルポリシーとは?どういう風に考え出されて広まったの?

前回挙げた犬の殺処分減少の為の3本柱を実現したら将来的に殺処分の数を限りなく

ゼロに近づける事が不可能じゃなくなります。

限りなくという言葉を入れた理由は、致命的な病気を抱えていたり「修正する事が

難しい」行動障害を抱えている犬の事を念頭に置いているからです。
こうした「里子に出す事が難しい」動物達を1ヶ所に集めて終生飼養してあげる

サンクチュアリ(聖域)の様な施設の建設は理想です。

しかしよほど多額の税金を投入するか「よほど多くの寄付金がない」限り

金銭面において実現する事はかなり難しいと考えられています。
そこでサンクチュアリという究極の理想を実現するまでのステップ案として

出てくる考えが健康とみなされた動物に関して決して殺処分せず「里子に出す事が

難しい」と判断された動物のみを安楽死の対象とするという考え方です。

これが、ノーキルポリシーです。

 

アメリカにおいてこのノーキルという考え方を最初に示した団体は、1940年代に設立された

ノースショアアニマルリーグアメリカ(North Shore Animal League America)という

動物愛護団体だとされています。

 

一方「その考えが広く知られる様になった」時期は、約50年後の90年代に入ってからです。

普及に一役買った人物は、サンフランシスコSPCA(動物虐待防止協会)の代表を20年以上

務めたリチャード・アヴァンジーノ(Richard Avanzino)氏でした。

彼は、1994年にアメリカで初めての試みとなる縁組み補償(adoption guarantee)を

導入してセンセーションを巻き起こしました。

縁組み補償は、健康もしくは里子に出せると判断された犬猫に関して決して殺処分対象に

しないというシステムでノーキルポリシーの原型となる概念です。

 

同じ頃彼の画期的なアイデアに感銘を受けたリンダ・フォロー女史は、縁組み補償に

賛同した動物保護団体をまとめる為に非営利団体 Doing Things for Animals を立ち上げ

ノーキル運動普及の為に奔走しました。

彼女の尽力で1995年に初めて開催された会合で75名だった参加者は4年後の1999年に

600名にまで急増した様です。

 

一方動物保護統制局(DACC)とサンフランシスコSPCAは、協働して1999年における

保護動物達の生還率を71.4%にまで高めるという偉業を成し遂げました。

この功績に目をつけた人物が、マディー基金(Maddie's Fund)の設立者である

デイヴィット・ダッフィールド氏でした。

ダッフィールド氏は、巨大チャリティ団体であるマディー基金に彼を社長として

迎え入れて殺される運命にある犬猫を救う為のシステム作りを任せました。

現在アメリカのシェルターに関する統計は、マディー基金の Searchable Database という

ページで公開されています。

このページは全米を網羅していません。

しかし「従来型のキルシェルターから新興のノーキルシェルターへ少しずつ比重が移りつつある」

事は確認出来ます。

なおマディー基金は、2015年までに殺処分数を70万頭にまで減らして生還率を90%にまで

高める事を目標としていました。

 

皆さんはこの記事の内容を知っていましたか?

次回も引き続き犬の殺処分に関する事について書こうと思います。

 

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